蛍光分光サイト選択XAFS |
泉 康雄,
Photon Factory News, 22 - 28, 19(3) (2001).
Written in Japanese.
XAFSは、周期的規則構造をもたない試料についても適用でき、また固体/液体/気体という試料の存在状態によらずに測定できるため、放射光利用科学の中でも比較的広い分野の研究者に用いられている。試料中サイト近傍に存在する原子について結合距離・配位数を与え、またサイトの電子状態情報を与える。非晶質であっても局所構造情報を与え、ハイブリッド材料や化学反応が進行している最中の物質機能発現の鍵を握るサイト局所構造を与える。
結晶化できない金属タンパクの金属イオンサイトについて調べるだけならばX線構造解析の代用であるが、金属タンパクの機能発現(電子伝達、酸化作用、貯蔵等)を直接観察しようとすれば、結晶と生体液中での構造の差異が問題になりうる。すなわち、酵素触媒作用の機能発現に関わるサイトの局所構造をより直接的に与えるのはXAFSである。固体触媒や吸着剤の場合、機能発現サイトは表面に存在する。XAFSで吸収原子を選ぶことが、表面サイトを選びだして局所構造・電子状態の情報を与えることになる。
しかし、XAFSには試料中の同一元素サイトからの情報を平均化する問題点がある。例えば、試料中、機能発現を行なう表面サイトに不活性なサイトが混在するとき、機能発現表面サイトに直接アプローチできない。平均情報のみを基にすれば、モデル構造(の組み合わせ)は数種類存在する。そのため、EXAFS解析結果から誤った構造モデルを演繹してしまう危険があり、EXAFSの解釈は困難であるという固定観念を与えてきた。
この問題を解決するため、筆者らはサイト選択XAFSに取り組むことにした。XAFS測定では、試料を通過する前後のX線強度(I(0)およびI(t))、あるいは透過X線(I(t))の代わりに2次蛍光X線(I(f))や2次電子(I(e))を検出し、光子エネルギー依存性をみる。サイト選択は結局のところ、サイトに対応したI(t)、I(f)、あるいはI(e)を峻別して得ることに他ならない。表面から脱離してくるイオン種を質量分析器で検出したり、単結晶表面へ微小角でX線を入射することによりバルクへのX線透過を極端に低下させることにより表面サイト選択的にできる。また、電子スピンや半導体の電子準位と関係した検出法で特定サイト選択的にする方法も考えられるであろう。しかし、いずれもそれぞれの対象試料に特化した測定であり、各研究分野の専門家向け手法である点は否めない。また、単結晶試料を要する等、試料の制約がある場合も多い。
本稿では、実際の環境材料や環境・工業触媒への適用可能な汎用サイト選択XAFSの実現を目指した研究について紹介する。単結晶や錯体、モデル系についてだけでなく、高比表面積粉体等についても測定可能であるためには、各分野の試料に対応した検出法を工夫するのではなく、試料に依存せず、XAFS測定原理のみをベースにサイト選択を目指すことが必要である。
汎用サイト選択XAFSは、試料からの蛍光X線を結晶分光することにより得られる。サイトの化学状態(原子価、配位数、配位原子の種類、対称性)により、試料からの蛍光X線には化学シフトがみられることが知られており(文献2中の引用文献)、結晶分光により各サイトの蛍光X線エネルギーに対応する信号のみを取り出せば、サイト選択的になる。
著者らは、蛍光分光サイト選択XAFSを実際の固体触媒および環境材料に適用することを目標とした。各吸収端に対応させるために分光器設計を工夫、theta(B)
= 83.9 - 55.6 degrees, R(Rowland) = 127.7 - 240.9 mmと広範囲をカバーするようにした。通常のXAFS測定配置では、入射X線に照射された試料からの蛍光X線および散乱X線をZ-1フィルター(バナジウムK以降)やソーラースリットで振り分ける以外は全て取り込むのに対し、Figure
1bでは分光結晶経由の蛍光X線のみ高エネルギー分解能で取り出す。試料は水平近い平面に置き、放射光からの入射X線の偏光方向である平面分散方向を効果的に集光できるよう縦置きローランド配置とし、Johansson型円筒状湾曲結晶により分光する。本蛍光分光器のエネルギー分解能は、ビームラインからの寄与を含め、8
keV付近で1.1 eVである。
サイト選択効率見積りをFigure 2に示す。点線は各サイトに対応する蛍光X線の内殻寿命自然幅[5]をもったピーク、実線は蛍光分光器のチューンエネルギーで装置のエネルギー分解能だけの幅をもったピークである。化学シフトは点線のピーク同士の間隔で表わされる。ピークの重なり面積比でサイト選択効率を見積る。化学シフトを1.6
- 0.3 eVと変化させたときのサイト選択効率見積りの代表例を(a), (b)に、サイト選択効率の変化を(c)に示した。この見積りから、まず化学シフトが大きいほどサイト選択の効率は上がること、またチューンエネルギーは化学シフト幅と同等にとる(つまり、各点線ピーク中心に各実線ピーク中心が重なる場合)よりも、サイトよりもやや外側の蛍光X線エネルギーにチューンした方がサイト選択効率が上がることが分かる。
さらに、試料中のサイトの存在比が 50 : 50の場合以外についてもサイト選択効率を見積る。化学シフトを0.8 eVと想定、試料中のサイト存在比が50
: 50から10 : 90と変化するに従い、選択効率は69、75、80、86、92%と上がっていく。Figure 3cの点線はサイト選択しない通常のXAFS測定に相当するから、これから上方に離れているほど測定法としては有益である。すなわち、サイト存在比が23%付近の場合サイト選択効率増加分25%で最大、サイト存在比が10%付近の場合サイト選択効率比増加約3倍と見積られ、より分析法として利用価値が高いと予測される。
蛍光分光XAFSのより広い適用を目指した実験も行なっている。試料中に重元素を多量に含む場合、試料中の微量成分についてXAFSスペクトルを測定することは難しい。SSDで、微量成分からの蛍光X線をSSDで観察するためには高計数モードでの測定が必要となり、数え落としの問題が出てくる。蛍光分光XAFSであれば、高エネルギー分解能(~1
eV)で対象となる蛍光X線のみ取り出せる。
実際の触媒試料および環境材料についての蛍光分光XAFSについて述べた。サイト選択XAFSについては、入射ビームサイズをミクロンオーダーまで小さくすることにより、さらにサイト選択効率を上げる実験が残されている。微量成分選択観察については、環境試料や固体触媒の微量成分に適用していく。この際、低濃度限界が100
ppm以下まで拡がるか検証することが必要である。すなわち、湾曲分光結晶を円弧状に並べ、試料位置を共通とした複数のローランド分光により、蛍光分光の取り込む立体角を現状の0.005ステラジアンから0.1ステラジアン程度まで上げる改良を現在進めている。
PFでの実験ではビームライン7Cを利用した。文中で何度か触れたように、本実験はビームライン性能(ビームサイズ、面積当たり光子数)に依存する。PFの安定したインフラがあってこそ始められた実験であり、その萌芽をSPring-8で花咲かせたい。
Chiba University > Graduate School of Science > Department of Chemistry > Dr. Yasuo Izumi Group