状態識別XAFS(X線吸収微細構造)の原理と応用

泉 康雄、清瀧 史貴,
表面, 276 - 283, 39 (2001).

Written in Japanese.


X線吸収微細構造(XAFS)は、周期的規則構造をもたない試料についても適用できるため、広く用いられるようになってきた。固体/液体/気体という、試料の存在状態によらずに測定できる点も魅力である。試料中のサイト近傍に存在する原子について結合距離・配位数を与え、またサイトの電子状態情報を与える1)。非晶質であっても構造情報を与える手法というより、むしろ、ハイブリッド材料や化学反応が進行している最中の物質等の機能発現の鍵を握るサイトの局所構造を与える手法、と言った方が分かりやすいかもしれない。
例えば、結晶化できない金属タンパクの金属イオンサイトについて調べるだけならばX線構造解析の代用であるが、金属タンパクの機能発現(電子伝達、酸化作用、貯蔵等)を直接観察しようとすれば、結晶と生体液中での構造の差異が問題になりうる2)。すなわち、酵素触媒作用の機能発現に関わるサイトの局所構造をより直接的に与えるのはXAFSであるといえる。
固体触媒や吸着剤の場合、機能発現サイトは表面に存在する。XAFSで吸収原子を選ぶことが、表面サイトを選びだして局所構造・電子状態の情報を与えることになるので、これらの表面材料はXAFSの特徴を最も生かした適用研究分野であるといえる。
しかし、XAFSには試料中の同一元素サイトからの情報を平均化する問題点がある。例えば、試料中、機能発現を行なう表面サイトに不活性なサイトが混在するとき、機能発現表面サイトに直接アプローチできない。平均情報のみを基にすれば、モデル構造(の組み合わせ)は数種類存在する。そのため、EXAFS(広域X線吸収微細構造)解析結果から誤った構造モデルを演繹してしまう危険があり、EXAFSの解釈は困難であるという固定観念を与えてきた。


上記の問題を解決するため、筆者らはサイト選択XAFSに取り組むことにした。XAFS測定では、試料を通過する前後のX線強度(I(0)およびI(t))、あるいは透過X線(I(t))の代わりに2次蛍光X線(I(f))や2次電子(I(e))をそれぞれ検出し、光子エネルギー依存性をみる。サイト選択は結局のところ、サイトに対応したI(t)、I(f)、あるいはI(e)を峻別して得ることに他ならない。表面から脱離してくるイオン種を質量分析器で検出したり、単結晶表面へ微小角でX線を入射することによりバルクへのX線透過を極端に低下させることにより表面サイト選択的にできる。また、電子スピンや半導体の電子準位と関係した検出法で特定サイト選択的にする方法も考えられるであろう。しかし、いずれもそれぞれの対象試料に特化した測定であり、各研究分野の専門家向け手法である点は否めない。また、単結晶試料を要する等、試料の制限がある場合も多い。
本稿では、昨今地球レベルでも重点開発項目となっている環境材料(吸着剤、実際の環境中での元素存在形態)、環境触媒への適用まで視野に入れた、汎用サイト選択XAFSの実現を目指した研究について述べる。試料の制約をなくし、単結晶や錯体、モデル系についてだけでなく、高比表面積粉体等についても測定可能であるためには、各分野の試料に対応した検出法を工夫するのではなく、試料に依存せず、XAFS測定原理のみをベースにサイト選択を目指すことが必要である。これらの要件を満たすサイト選択XAFS開発にあたっての原理・背景・開発した測定装置・応用について論じていく。

蛍光分光XAFSにより、実際の触媒試料および環境材料について、状態識別(サイト選択)および重元素共存試料中微量有毒元素についてXAFS測定が行えることを示した。前者については、より試料位置での入射ビームサイズをミクロンオーダーまで小さくすることにより、さらにサイト選択効率を上げる研究が残されている。後者については、さらに吸着剤や土壌試料、また固体触媒の微量成分に適用していくことができる。その際、微量状態分析の観点でSSDとの差別化を付けるため、蛍光分光装置の改良を行なうことで低濃度限界が100 ppm以下まで拡がるか検証することが必要である。すなわち、湾曲分光結晶を円弧状に並べ、試料位置を共通とした複数のローランド分光により、蛍光分光の取り込む立体角を現状の0.005ステラジアンから0.1ステラジアン程度まで上げる改良を現在進めている。


Chiba University > Graduate School of Science > Department of Chemistry > Dr. Yasuo Izumi Group